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社会のルールを知ったトキ

ミスチルとかわいい女子アナを中心に、好きなものや気になったことを記事にしてます

Mr children 『FIGHT CLUB』  歌詞解釈・意味 ~男はいったい何と闘っているのか!?~

ミスチル REFLECTION

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今回はリフレクションのなかから、このファイトクラブを取り上げます!

 

こう言うと語弊があるかもしれませんが、女性や若者にはこの曲の本当の良さは分からないのではないのでしょうか?
ある程度年齢を重ねた男性にだけ、実感できる感覚・想いなどがあると考えています。

 

 

ではでは、歌詞の考察をどーぞ!!

 

 

99年ミレニアムを間近にしてナチュラルハイ
世界中が浮足立ってた
そしてお前はFIGHT  CLUBでブラピが熱演してた
イカれた野郎に憧れてた


皮肉で染まった色眼鏡かけて
そこからすべてのものを見下し

 

若いときというのは、映画の中のヒーローなんかに憧れて
共鳴し、生き方も真似てみたりしがちなものです。
世紀末で周りが浮足立つなか、自分だけは違う…
自分だけは「孤高な存在」だとと考えているのでしょう。

 

 

仮想敵見つけ
そいつと戦ってた
誰も相手になんかしてないのに
例え敵でも 嫌いな奴でも
ひとりより まだマシだった
孤独がいちばんの敵だった

 

「わかってない奴らばっか」と嘆いては
自分は特別だって言い聞かせてた

 

好きの反対は無関心とはよく言ったもので、誰からも相手にされない寂しさとは耐えがたいものです。

それは親子間の思春期の反抗期と近いものがあり、たとえ負の感情であってもいいから相手からの関心を惹こうとする…
そのため、過剰に反発したり抵抗したりするのです。
この主人公における反抗の対象とは、社会であり世間であり、所謂平凡な幸せそのものなのでしょう。

 

 

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駐車違反のジャガーのボンネットにジャンプして踊ってた
荒っぽいステップで
まるで路地裏のヒーロー気取って
惨めな気分を踏み潰してた

 

心の奥底では、満たされない原因やその空虚さもわかっています。
反発するからこそ、周りからは冷やかな目で見られる。
ですがそれをわかっていたとしても、自分では認められませんし、今更生き方を変えることもできないのでしょう。

 

いくら駐車違反の車だとしても、ボンネットでジャンプすることはけっして認められることではありません。
ですが、溜まった負の感情の捌け口としては打ってつけなのです。
なぜなら、自分の行為を正当化できるから。


自分勝手な行為も、

『駐車違反するいけ好かない野郎が悪い。自分は悪くなくて、正しいことをしているんだ』
と言い聞かせることができます。

 

 

やがて酔いが回り
口にしたすべてを吐き散らかし高笑い
「若かった」で片づけたくないくらい
この胸の中でキラキラ
輝いている大事な宝物


今までの歌詞を見ると、ただの拗ねた若者にしか映りません。
ですが、こういった時期は誰しも経験があるものですし、この感情は決して無駄なものではありません。
みんな自分の無力さだったり、平凡な社会そのものに嫌気がさしたりするものです。

 

主人公は、そんな誰もが経験する感情を決して押し殺すことなく、負のエネルギーを発散させています。
ジャガーのボンネットでダンスしてパトカーから逃げる…なんてことは若いうちにしかできないし、しようとも思わないでしょう。

けっして犯罪を容認するわけではありませんが、こうやって自分の負のエネルギーを若いうちに発散することは人格形成においては重要なことだと思います。

 

 

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尾崎豊の「15の夜」でも「盗んだバイクで走り出す」なんて有名な歌詞がありますが、少年と大人の過渡期にはありがちなことなのです。

 

犯罪以外で例をあげると、「ローマの休日」ではオードリーヘップバーン演じるアン王女は、その役職に対する疲労感や自由のない生活に不満が溜まり、ついには城を抜け出してしまいます。
これも負のエネルギーの発散の形でしょう。

 

もちろん、スポーツやアルバイトなんかで学生時代の青春を謳歌するのが本来であれば正しい姿なのでしょう。
ですが、青春の形は決してひとつではありません。
例えば、「あしたのジョー」の名場面のひとつにこんなシーンがあります。

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矢吹ジョーは、ボクシングに魅了され、皆が青春を謳歌する間に黙々とトレーニングや過酷な減量に耐えてきた。
そんなジョーに好意を寄せる紀子が、ある疑問をぶつけるシーン。


成長期の身体は、どんどんと大きく伸びようとするのに、体重を抑えるために食べたいものも、飲みたいものも我慢する生活。
一見すると、みじめで悲惨な暗い毎日のようだが、ジョーはそうは感じていません。

ジョーは何も、負い目や義理でボクシングをしているわけではない。
ボクシングそのものが好きなのです。

 

そこらにいる凡庸な若者とは違い、戦いの場所であるリングに立つその日のために着実に身体を仕上げる。
その日、たった1日のために長く過酷な、己との闘いを続けている。

リングでの一瞬の燃えるような充実感は、まぶしい程真っ赤に燃え上がる。
そんな充実感を感じるための日々も、傍目からは暗い毎日だがジョーにしてみれば立派な青春の形なのでしょう。

 

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真の敵見つけ
そいつと戦わなきゃ
少しずつ怖いもんは増えるけど
死を覚悟するほど まして殺されるほど
俺たちはもう特別じゃない

共に今を生き抜こうかmy friend

 


主人公は、主人公なりの青春を謳歌し、いつしか大人になっていきます。

仮想の敵などではなく、真の敵を見つけること。
それはきっと自分自身の劣等感だったり、怠惰な心なのでしょう。

 

特別な自分に酔いしれていた時期も、もう終わりです。
普通の人生。普通の社会に溶け込む。
そんな世界で生きるのも一つの闘いであり、かけがえのない日々だと思います。

 

ましてや、主人公は決して一人ではありません。
友と共に、きっと今を懸命に生きていくことでしょう。


FIGHT  CLUBはそんな、青年から大人になるための物語の歌なのではないでしょうか。

   

おわり 

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